日々の生活が赤裸々に語られていません

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久々の更新 [2008年09月17日(水)]
最近、音楽にハマり直しました。
音楽ってやっぱり素晴らしいと言える自信が改めてもてたというか。

自分は楽器の演奏(真似事のレベルですが…)や、
シンセをいじったりカラオケで歌を歌ったり、
もちろんCDを買って聞いたりすることで
普段音楽にどっぷり漬かってるわけです。

そういうことをしていない時間の比率がここ1年ぐらい以前に比べて高かったんですが、
ここにきて初期衝動的な、というか、音に心を動かされることが多くなりました。
なんとなくうれしい自分がいます。

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そんなわけで最近たくさんCDを買いましたが、
まだ自分はダウンロードで音楽を買うということをしたことがありません。

今後、音楽作品のパッケージはどうなっていくのか。
何が音楽にとって幸福なのか、という観点から考えてもこれは難しい問題だと思います。

たとえば僕はCDとCDジャケット、という形式がとても好きだし、
愛着のあるジャケットがあるという方も多いでしょう。
ジャケ買いという言葉も今後は死語になる可能性がありますね。
2枚組、3枚組という形式もそのままその作品の特徴になりえます。

自分が「ファイル」としての音楽に可能性を感じる唯一の点は「時間制限が圧倒的に緩和される」点です。
勿論ファイルの容量は無限大ではないにしろ、
たとえばCDが現在のオーディオ基準で80分程度だったのを考えれば、
たとえば1トラック120分の作品を作ろうと思えば容易にその形態を崩すことなく提供できるという利点があるな、ということです。

音質、圧縮などの問題もあるのかもしれませんが、
そういったマイナス要因も「時代の音」をつくることになるんだと思います。
コーデックによる味の違いとかが、ヴィンテージ楽器のような感覚で語られる日もくるのでしょうか。
(これは雑誌で中田ヤスタカ氏もいっていたことですが)

結局自分でも何が最良なのかはわかりませんが、
音と社会の幸福な関係には興味が尽きません。

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最近聞いた音楽でのお気に入りは
Pet Sounds/The Beach Boys

美しくて悲しい音がします。
この作品はオリジナルでは録音がモノラルということで、
自分が買ったCD化されたものもそれに準じてモノラルでした。

現在では様々な楽器音のサンプルライブラリが当たり前のように使える時代、
さらにはシンセサイザーの技術も発達していますが、
この作品で聞ける多様な楽器の、今聞いても新鮮なオーケストレーションの多彩さに驚きます。
ブライアン・ウィルソンという人間の頭の中はいったいどうなっていたのでしょう。

今、Pet Soundsに関する本を読んでいます。
村上春樹が翻訳をしているものです。
著者のこの作品に対する愛情、あるいは信仰ともよべるものの告白の書だと思います。
またブライアンの発言なども引用されていてとても興味深いです。

しばしば「ロックの名盤」として挙げられることの多いこのアルバム、
今更、といわずに聞いてみても損はないと思います。
Posted at 04:30 | この記事のURL | Clip!!
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weblog=ウェブ日誌 [2007年10月30日(火)]
日誌というにはおこがましいぐらい間隔あきました。

とりあえずこのブログのメインテーマを
「聞いたCDの感想」
にしてみようかと。

自分は全然音楽に対して無知なので、
非常に稚拙な文章にはなるでしょうが、

同じ音を聞いても、
育った環境や、それまでに聞いてきた音、
その人がその瞬間持っている悩みetc
によってまったく感じるビジョンが違う、
という点においては、
駄文にも価値が見出せたりしないだろうか、
という動機。

あくまでも「感想」、なるべくパーソナルに。
「共感」はいらない。
Posted at 23:10 | この記事のURL | Clip!!
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続・大富豪 [2007年03月22日(木)]
「しばり」

スートを縛る。
同じスートのカードが連続で出されたら、以後そのスート(かつ前より強いカード)しか場に出せない。

これにも色々あり、
シングル、ダブル、トリプルすべてに適応できる/できない
また場に最初に出たカードに対してのみ縛ることができる
(2番目以降に出たカードと同じスートを出してもだめ)
など。

これは縛りを行うプレイヤーが自分に有利になる場合(同じスートのカードが手札におおい場合など)、
かなり強力と言える。
例えばハートの2,1と持っていたら、縛ってしまえばKが最強になる。
それを見越した戦略も立てられる。

一方、「縛られる」側は、相手が縛りをすることを予想して、
わざと縛ってほしいスートのカードを出すなどの戦法もある。
これは残り人数が2人になった一騎打ち時に有効である。
(そのようなときは残りカード数も少ない)


個人的にはこのルールの存在がなければ、
大富豪(1着)の天下に揺るぎは無いと思う。
Posted at 04:45 | この記事のURL | Clip!!
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ブログ [2007年01月03日(水)]
新しい年がやってきたので、
更新してみる。

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大富豪というトランプゲームがある。

数人にカードをすべて配り、
前の人が出したカードより強いカードを出していくゲーム。
全員がパスすると流れて、最後にカードを出した人がまた新たに場にカードを出す…という流れである。

基本的には2が一番強く、3が一番弱い。
カードの出し方は1枚と複数枚の場合がある。
複数枚の場合は、同じ数字で2枚から4枚の組で出す。
ペアで出されたカードに対してはそれより強いペアでしか返せない。
同じ数字4枚で出された場合「革命」となり、
これまでとカードの強さの順序が逆転する。
また「8」が場に出たら「8切り」となり強制的に流れる。

最初にすべてのカードを出し切ったら1着で「大富豪」、
以下「富豪」「平民」「貧民」「大貧民」と順位をつける。

さてこのゲームにはこれ以外にも多くのローカルルールが存在する。

カードを同じスートの「5,6,7」などの階段状にして出せたり、
ペアに対して同じスートの組が続けて出された場合「しばり」となり以後そのスートの組(例えばスペードとハート)でしかだせなくなる…など。

またこのゲームは基本的に数回のゲームを続けて行う。
その際に先の順位付けに意味をもたせるのだが、
ここにも若干のローカリティが存在する。

これらのローカルルールはどれを採用するかでゲーム性が結構変わる。

この手のゲームはカード運への依存性が高いが、
それでもなるべく戦略で勝てるバランスを求めてこれらのルールは模索されたのだと思う。

以後このブログではこれらのルールについて考察したりしなかったりしたい。
毒にもクスリにもならない記事ですが…

それにしても
貧富の差を革命で逆転、という発想はいつの世もあるんだなぁと感じた。
Posted at 03:44 | この記事のURL | Clip!!
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科学との距離 [2006年12月09日(土)]
情報化社会において、
与えられる情報の取捨選択をすることは必須事項といえる。

そこで「科学的根拠」を気にすることはしばしば「理屈っぽい」とかなんだとか言われるが、
理屈ぬきに正しいことなんてそうそう無いだろう。

そして「理系離れ」が叫ばれる昨今、
示された「科学的根拠」が正しいのか否かという「センス」のようなものが
自分も含めどうも欠如している気がする。
簡単にいってしまえば「騙されやすい」ということである。

「科学的」な外見をしていれば正しいと思ってしまう。
もちろん知識など、人によって差異があるのは仕方ないが、
もっと大きいのは「疑う」という姿勢。

「疑う」といってしまうと言葉は悪いかもしれないが、
教科書に書いてあるからすぐに「そうなんだ」と思う前に、
自分自信で「本当にそうか」を常に考えるクセをつけるということ、
いわゆる「理屈っぽい」考え方は決して悪いことではない。

理論体系においては大前提となる「公理」から先はすべて「論理」で説明される。
間違った論理、論法による「詭弁」は世の中には溢れている。


何も考えずに与えられた情報を受け入れる行為は、
せっかくの情報を殺すことにもなりかねない。


などと一般論を書いたのは、
自分が騙されていたことにショックを受けたからでした。
Posted at 23:21 | この記事のURL | Clip!!
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秋の夜長 [2006年10月31日(火)]
秋が非常に好きである。
同時に非常に寂しくなる季節でもある。


感傷的な気分に浸るのも悪くはないのだが、
そこでふと気づくのは、
我々は「季節感」という感覚を先入観として持ってしまっているのではないか、
ということである。

春といえば…
夏といえば…
といった具合に、連想されるイメージは日本人の共有する、
非常に手垢のついたイメージである気がする。

もちろんそのようなイメージを喚起させる普遍性のようなものが、
日本の四季にはあるのだろうけど、
そこに自分固有の感性が含まれているのかどうか、
イマイチ自信がない。


…しかし別に含まれてなくてもいいじゃないか、
という考え方もあるので、
どうでもいいことかもしれない。


「自然体」でいるというのは今の世の中結構難しいこと。
Posted at 02:04 | この記事のURL | Clip!!
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コンパイル [2006年09月13日(水)]
他人が思っている「真理」というのに接したとき、
どれほど一般性を帯びていてるように見えようが、
どれほど「もっともだ」と思えようが、

それが自分の中での「真理」として機能するためには、
ある「カギ」が必要である。
「キッカケ」といってもいいかもしれない。

コンピュータのプラグラミングでいえば、
「真理とおぼしきもの」はソースコード、
そして「カギ」は自分の中にある「コンパイラ」に相当する。

どんなに正しそうなことが書いてあっても、
コンパイラが細かいところでも「エラー」だと思ってしまうと、
それは納得して機能してくれない。

そのことを知っていれば他人の言葉に心を動かされたときに微妙に残る引っかかりに、
さらに心を揺らされる必要はなくなる。
そのときは何度でもエラーログを繰り返して見直して
どこが引っかかっているのかを見極める。

これをしないのは少し危険。

コンパイラを作り育てるということが成長ということ。




素人がこんなことを書くと専門的には語弊があるか…

Posted at 13:58 | この記事のURL | Clip!!
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 [2006年08月31日(木)]
人のことを、自分のことのように喜んだり、悲しんだりしてくれる人がいるということは、
本当に幸せなことだと思う。
改めて自分が恵まれていることを知った。

いくら自分のことだとは言っても、
こういう気持ちを不意にしてしまってはいけない、と強く感じた。
自分にも心配だったり、気にかけたりする「他人」は何人か居る。
こういう気持ちはともすればお節介だったり、
人の重荷になったりもしかねない。
故に自分は「頑張って」などという言葉はなるべく安易には使わないようにしている。

でもこういう言葉や気持ちは場合によっては大きな力になる。
それを実感できた。

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人は一人では生きていけない。
生きている価値も無いもかもしれない。

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Mars Voltaの新作「Amputechture」が非常に良い。
過去二作よりもスッキリと洗練されたバンドアンサンブル。
なんといってもボーカルのエネルギーたるや圧巻。
歌詞もわからないのに。

emotionってこういうことだろうか。

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Posted at 03:24 | この記事のURL | Clip!!
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諦めない [2006年07月30日(日)]
夏の全国高校野球、西東京大会決勝。
早稲田実業と日大三高の試合は、
野球の、高校野球の面白さ、酸いも甘いもすべてが凝縮したような名勝負だった。

自分が今まで見てきた野球の試合の中でも5本の指に入るであろう。
「どっちも勝て!」
こんなフレーズが頭によぎった。


高校野球はえてしてミスの連鎖による失点が勝負をわけることが多い。
この試合も確かに重要な場面でのエラーはあったものの、
その後の気持ちの切り替え、精神力の強さは見るものに訴えかけるほど。

早実のエース斉藤は200球以上の力投。
対する日大三もピッチャー2人によるロングリリーフ。

甲乙つけがたい意地のぶつかりあい。
炎天下、さらに人工芝での延長11回の攻防。
勝ち越されても諦めない。


4時間テレビをみてしまったが後悔はまるで無かった。
いい試合をありがとう。
Posted at 17:01 | この記事のURL | Clip!!
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市場至上主義 [2006年07月21日(金)]
ネスカフェ「スパークリングカフェ」を飲んだ。
コーヒー入り炭酸飲料である。

印象としては「コーラにちょっとコーヒーたらしました」程度。
噂どおり、お世辞にも美味いとは言えない味だと思ったが、
なんというかそこまで気持ち悪くなったりはしなかった。
インパクトの無い不味さ。

あと5本も飲めば病み付きにならないとも限らないので、
ここは大人しく普通のコーヒーを飲んでおこうか…

と思ったら6人に1人ははまるという計算のもとに販売されているらしい。

時に疑問符が浮かぶような商品にも、
裏には緻密なマーケティングがなされている。
上の例なら6人に1人がリピーターになれば採算が取れる、という市場調査に基づいている。

人の趣味趣向というのはおおよそ時代と環境が作っていると思われるが、
同じ時代に生きる人にとっても、
味の好みでさえ他人を理解すると言うのは中々骨の折れることなのか。

n体問題の解はほとんどが判っていない…
Posted at 07:07 | この記事のURL | Clip!!
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